腸内細菌Desulfovibrioとパーキンソン病:新たな関連性が明らかに
フィンランドのヘルシンキ大学の研究チームが2021年5月に発表した研究で、腸内細菌Desulfovibrio(デスルフォビブリオ)とパーキンソン病の発症に強い関連があることが明らかになりました。この発見はパーキンソン病の原因解明と新たな治療法開発への道を開く可能性があります。
Desulfovibrio Bacteria Are Associated With Parkinson's Disease
パーキンソン病と腸内細菌の関係
パーキンソン病と腸管症状
パーキンソン病は世界で最も一般的な運動障害疾患であり、高齢者に多く見られる進行性の神経変性疾患です。この疾患の特徴は、神経細胞内でα-シヌクレインというタンパク質が凝集し、神経細胞に毒性を持つ構造体を形成することです。長い間、パーキンソン病の正確な原因は不明でしたが、腸の機能障害や腸内細菌叢の変化がこの疾患と密接に関連していることが近年の研究で示されてきました。
興味深いことに、便秘などの腸の症状は、多くの場合、パーキンソン病の運動症状が現れる前に発症します。このことから、何らかの病原体が腸の粘膜バリアを通過し、腸の神経系を経由して最終的に迷走神経を通じて中枢神経系に入り込むという仮説が2003年にBraakらによって提唱されました。
この仮説を裏付けるように、パーキンソン病の特徴的な病理所見であるレビー小体やレビー神経突起(リン酸化α-シヌクレインを含む)は、中枢神経系だけでなく腸の神経系にも見られます。さらに、ラットを用いた実験では、注入されたα-シヌクレインが迷走神経を介して下部脳幹に輸送されることも示されています。
これらの発見は、腸内微生物が産生する毒素や代謝物質がパーキンソン病の発症に重要な役割を果たしている可能性を示唆しています。特に腸の内分泌細胞が、病原性α-シヌクレインが最初に出現する場所となる可能性が高いと考えられています。
2015年以降、パーキンソン病患者の腸内細菌叢の組成変化が複数の大規模な症例対照研究で見出されています。しかし、腸内細菌叢の相対的な変化ではなく、絶対的な定量的変化を評価することが、疾患関連の生態系構成を特定するためには重要だと考えられています。
Desulfovibrio菌の特徴と重要性
Desulfovibrio菌(以下DSV)は、硫酸還元菌(SRB)と呼ばれる特殊なグループに属するグラム陰性細菌です。これらの細菌は環境中や人間の腸内に広く分布しており、人間に感染症を引き起こす可能性もあります。DSVの最も重要な特徴は、硫酸塩を電子受容体として呼吸に利用し、その過程で硫化水素(H₂S)を産生することです。
硫化水素は、低濃度では神経細胞のシグナル伝達に影響を与え、高濃度では深刻な毒性を示す物質です。研究によると、硫化水素はミトコンドリアからサイトクロムcを細胞質に放出させ、このサイトクロムcがα-シヌクレインラジカルを形成してα-シヌクレインのオリゴマー化(小さな凝集体の形成)を開始することが観察されています。
さらに、硫化水素は鉄代謝にも干渉し、細胞質内の鉄レベルを上昇させることが示されています。この事象はα-シヌクレイン凝集体の形成を誘導する可能性があります。DSVは大腸の粘液ゲル層に定着することが確認されており、腸壁に近接して存在するα-シヌクレインを発現する腸内分泌細胞は、硫化水素の毒性作用に特に脆弱である可能性があります。
もう一つの重要な特徴として、DSVは実質的にすべての種に存在する過酸化[FeFe]-ヒドロゲナーゼ酵素を持ち、三価鉄を二価鉄に還元する能力を持っています。この過程でマグネタイト(Fe₃O₄)を合成することができます。無被覆のマグネタイトナノ粒子はα-シヌクレインの凝集を加速し、パーキンソン病の発症に関与する可能性があるとされています。
DSVが腸内微生物叢に存在し、細胞外マグネタイトと硫化水素を産生する能力を持つことを考えると、これらの細菌とパーキンソン病との間に相関関係がある可能性が高いと考えられます。
研究結果と発見
研究方法と参加者の特性
本研究では、パーキンソン病患者20名と健康な対照群20名を対象に分析が行われました。対照群はパーキンソン病患者の配偶者10名と非配偶者10名で構成されていました。パーキンソン病患者の選定にあたっては、英国パーキンソン病協会脳バンク診断基準の臨床的特徴を満たす必要がありました。また、パーキンソン病の進行度はホーエン・ヤールスケールを用いて評価されました。
対照群の除外基準としては、パーキンソン症の症状や徴候があることが挙げられました。両グループの除外基準には、認知障害(ミニメンタル状態検査のポイントが25未満)と糞便サンプリング日から3ヶ月以内の抗生物質使用歴が含まれていました。
糞便サンプルは密封されたポリプロピレン容器で収集され、-75℃で凍結保存されました。この研究はフィンランドのヘルシンキおよびウーシマア健康地区の倫理委員会によって承認され、すべての手順は関連する規制に従って実施されました。各研究参加者からは書面によるインフォームドコンセントも取得されました。
研究チームは、DSV細菌の検出と定量のために、従来のPCRと定量的リアルタイムPCR分析を組み合わせて使用しました。まず、腸内のDSV種を特定するために種特異的なプライマーを用い、さらにDSV特有の[FeFe]-ヒドロゲナーゼ遺伝子(hydA)を検出するためのプライマーをデザインしました。これにより、より広範囲のDSV種を検出し、潜在的なマグネタイト産生の指標とすることができました。
Desulfovibrio菌とパーキンソン病の関連性
研究の結果、パーキンソン病患者と健康な対照群の間でDSV菌の存在に顕著な差が見られました。パーキンソン病患者の80%(16名)から種特異的DSV PCRで陽性反応が検出されたのに対し、健康な対照群では40%(8名)でした。統計分析により、DSVの存在とパーキンソン病の間には強い関連性があることが明らかになりました(P = 0.022、Fisher's exact test、Phi値 = 0.408)。
さらに重要なことに、DSV特異的[FeFe]-ヒドロゲナーゼ遺伝子(hydA)はパーキンソン病患者全員(100%)の糞便サンプルから検出されましたが、健康な対照群では65%(13名)でした。DSV特異的[FeFe]-ヒドロゲナーゼ遺伝子の存在とパーキンソン病には強い相関がありました(P = 0.008、Fisher's exact test、Phi値 = 0.461)。
定量的リアルタイムPCRの結果からは、パーキンソン病患者の糞便中のDSV量が健康な対照群よりも有意に多いことが示されました(P = 0.044、Mann-Whitney U-test)。パーキンソン病患者の多くはDSVレベルが比較的低かった(<10⁵細菌/g糞便)ものの、最大で3.3×10⁷細菌/g糞便に達するケースもありました。健康な対照群では、DSVの最大レベルは約1.9×10⁶細菌/g糞便でした。
また、DSVの量とパーキンソン病の重症度との間には相関関係も観察されました。ホーエン・ヤール分類で2.0ポイントを超える重度の障害を持つ11名の患者は、2.0ポイント未満の9名の患者と比較して、DSV菌の量が有意に多いことが示されました(P = 0.009、Mann-Whitney U-test)。特筆すべきは、健康な対照群のいずれよりもDSVの負荷が高かった7名の患者全員がこのカテゴリーに属していたことです。
さらに、便秘を経験している被験者(n=14)と便秘を経験していない被験者(n=26)の間でDSVレベルを調査したところ、便秘のあるグループでDSVの量が有意に高いという結果が得られました(P = 0.036、Mann-Whitney U-test)。また、特発性嗅覚障害に苦しむ個人(n=15)と嗅覚障害のない個人(n=25)の間でDSV量を比較したところ、統計的に嗅覚障害のある患者ではDSV細菌が有意に多く存在していました(P = 0.009)。
メカニズムと病態生理学
DSVの硫化水素産生とα-シヌクレイン凝集への影響
DSVの最も重要な特性の一つは、硫化水素(H₂S)を産生する能力です。H₂Sは、CO₂やO₂よりも溶解度が高い拡散性ガスであり、腸から血液循環に入ることができます。腸内にH₂S産生DSVが増加している場合、胃腸壁構造のH₂S濃度が上昇していると考えるのが合理的です。
H₂Sは神経細胞内で細胞内生化学を変化させ、α-シヌクレインの凝集を促進することが示されています。哺乳類のフェリチンから鉄を放出し、細胞質内の不安定鉄プールの鉄レベルを上昇させることができます。α-シヌクレインを発現する神経細胞への影響は深刻で、三価鉄と二価鉄の両方がα-シヌクレイン凝集体の形成を誘導する能力を持っています。
内因性に産生されるH₂Sの過剰発現はミトコンドリアからサイトクロムcを細胞質に放出させることもでき、このサイトクロムcがα-シヌクレインラジカルを形成し、その後α-シヌクレインのオリゴマー化を誘導することが観察されています。通常、大腸粘膜は硫化物酸化経路によってH₂Sから保護されていますが、DSVが増加すると、H₂Sがより高いレベルで産生され、解毒酵素の能力を超える可能性があります。さらに、炎症は粘膜組織の解毒能力を低下させ、H₂Sレベルの上昇につながります。
喫煙がパーキンソン病発症に対して因果的な保護効果をもたらすという観察も、H₂Sとその解毒酵素との相互作用に関するPD発症機序を支持しています。たばこの煙に含まれるシアン化物は、ロダネーゼの影響下でH₂Sとチオシアン酸塩を形成し、H₂Sレベルを低下させることが知られています。
腸のα-シヌクレインを発現する腸内分泌細胞は、神経様の特性を持ち、自律性腸神経に接続されています。解剖学的に、腸内分泌細胞は腸内腔表面に向かって尖った細胞質突起を伸ばしています。このため、DSV由来のH₂Sにさらされるリスクが高まると考えるのが合理的です。
マグネタイト産生と腸管バリア機能への影響
DSVは[FeFe]-ヒドロゲナーゼ酵素を用いて三価鉄を二価鉄に還元する能力を持ち、この過程でマグネタイト(Fe₃O₄)を生成することができます。無被覆のマグネタイトナノ粒子はα-シヌクレインの凝集を加速し、パーキンソン病の発症に関与すると考えられています。
DSVはほぼすべての種にこの過酸化[FeFe]-ヒドロゲナーゼ酵素を持っており、D. desulfuricansなど一部の種はマグネタイトを合成する能力を持っています。注目すべきことに、D. desulfuricansは本研究のパーキンソン病患者から最も頻繁に見つかったDSV種でした。
マグネタイトナノ粒子はエンドサイトーシスによって腸細胞や血液循環に吸収される可能性があります。パーキンソン病患者の皮膚サンプルを用いた研究では、真皮層に超常磁性マグネタイト粒子が存在することが明らかになり、これらの粒子はおそらく腸由来で、DSVによって産生されたものである可能性が高いと提案されています。
また、DSVの過剰増殖は大腸粘膜バリア機能に影響を与える可能性もあります。DSVなどのH₂S産生菌は、短鎖脂肪酸の一種である酪酸の酸化を阻害することでこのバリア機能に明らかな脅威をもたらします。酪酸は大腸上皮のための主要なエネルギー物質であると報告されています。
この文脈で、パーキンソン病患者は腸の透過性の増加を示し、これはα-シヌクレイン染色の増加と相関していることが示されています。さらに、DSVによって産生されるリポ多糖(LPS)は、腸の透過性とα-シヌクレイン発現を増加させる可能性があります。
臨床的意義と将来の展望
診断と早期発見への応用
この研究の発見は、パーキンソン病の診断と早期発見において重要な意味を持ちます。DSV細菌またはDSV特異的[FeFe]-ヒドロゲナーゼ遺伝子の存在は、パーキンソン病のリスクマーカーとなる可能性があります。特に、DSVの量がパーキンソン病の重症度と相関するという発見は、病気の進行をモニタリングするための指標として使用できる可能性を示唆しています。
さらに、便秘や嗅覚障害などのパーキンソン病の非運動症状と腸内DSVレベルとの相関関係は、これらの症状を示す個人が将来パーキンソン病を発症するリスクが高いかどうかを評価するための早期スクリーニングツールとして機能する可能性があります。このような早期診断アプローチは、神経変性が深刻になる前に介入するための貴重な窓を提供する可能性があります。
また、糞便サンプル中のDSV特異的[FeFe]-ヒドロゲナーゼ遺伝子または特定のDSV種の存在を検査することで、パーキンソン病のリスクのある個人を特定するための非侵襲的なスクリーニング方法を開発することができるかもしれません。この方法は特に、パーキンソン病の家族歴を持つ個人や、便秘や嗅覚障害などの前駆症状を示す個人に対して価値があるでしょう。
新しい治療戦略の可能性
DSVとパーキンソン病の関連性を理解することで、新しい治療戦略の開発が可能になります。将来的な研究では、抗生物質、ファージ療法、糞便移植、食事変更、またはこれらの介入の組み合わせによって人間の腸からDSVを根絶する方法の開発に焦点を当てることができます。
特に、特定の抗生物質がDSVを標的としてその成長を抑制できるかどうかを調査することが重要です。また、ファージ療法(特定の細菌を標的とするウイルスの使用)はより標的を絞ったアプローチを提供し、腸内の有益な細菌を保護しながら有害なDSVを除去する可能性があります。
また、健康なドナーからの糞便移植により、パーキンソン病患者の腸内微生物叢を再構成し、DSVの過剰増殖を抑制することができるかもしれません。さらに、硫酸塩の摂取を減らすなどの食事の変更は、DSVの成長に利用可能な基質を制限することで役立つ可能性があります。
加えて、硫化物酸化経路の酵素を標的とした治療法の開発は、DSVによって産生されるH₂Sの有害な影響を軽減するのに役立つかもしれません。同様に、鉄キレート療法は細胞質内の鉄レベルを下げ、α-シヌクレイン凝集体の形成を防ぐのに役立つ可能性があります。
ヒト腸からのDSV分離も重要な研究目標です。これにより、より良いプライマーの設計、抗生物質プロファイリング、ファージ型スクリーニングが可能になります。これらの細菌の分離によって、PD関連DSVのゲノムシーケンスと環境およびヘルシーキャリア分離株のゲノム比較も可能になり、PD関連DSV特異的な遺伝子産物の中から治療標的を特定するのに役立つ可能性があります。
まとめ
腸内細菌Desulfovibrioとパーキンソン病の関連性を示したこの画期的な研究は、神経変性疾患の理解と治療に新たな道を開きました。DSV菌が産生する硫化水素とマグネタイトがα-シヌクレインの凝集に関与していることが明らかになり、今後の予防法や治療法開発への大きな希望となっています。