歩行 TLA(Trailing Limb Angle)と推進力の測定方法 - 磁気慣性センサーの有効性と臨床応用

鹿児島大学の健康科学大学院の研究グループが、歩行 TLA(Trailing Limb Angle)と推進力の測定において、磁気慣性測定装置(IMU)の有効性を検証した研究結果を2019年に発表しました。この研究は歩行分析における革新的な測定方法を提案しています。

Validity of Measurement for Trailing Limb Angle and Propulsion Force during Gait Using a Magnetic Inertial Measurement Unit

歩行 TLAとは?推進力との関係性と臨床的意義

TLA(Trailing Limb Angle)が歩行の質と推進力に与える影響

Trailing Limb Angle(TLA)とは、歩行の後期立脚相において、股関節と足関節を結ぶ線と鉛直軸がなす角度のことを指します。この角度は歩行の質を評価する上で非常に重要な指標であり、前方への推進力と密接な関係があることが明らかになっています。TLAが大きくなると、前方への推進力も増加する傾向があり、歩行速度や効率性に大きく影響します。

鹿児島大学の研究では、TLAが地面反力の前方成分(AGRF: Anterior Ground Reaction Force)と強い相関関係にあることが確認されました。AGRFは立脚後期における推進力の重要な要素であり、この力によって体の質量中心の速度が増加します。先行研究では、推進力が股関節伸展角度や股関節屈曲、足関節底屈モーメントと相関することが報告されています。

TLAの測定は従来、三次元動作解析システムやフォースプレートを用いて行われてきましたが、これらの方法は測定と処理が複雑で臨床現場での実用が難しい状況でした。そこで本研究では、より簡便で客観的な評価が可能な磁気慣性測定装置(IMU)を用いたTLAの測定方法の妥当性を検証しました。

IMUは3次元ジャイロスコープ、3次元加速度計、3次元磁力計からなり、人の動きを客観的かつ簡単に評価できるツールとして、モーション分析の分野で広く使用されるようになっています。TLAはIMUから得られる大腿部と下腿部のセグメント角度から推定することが可能であり、臨床現場での実用性が期待されています。

歩行障害のリハビリテーションにおけるTLA評価の重要性

歩行能力は日常生活活動の基本的な機能であり、転倒リスクや地域社会での移動能力と関連しています。下肢の機能障害に関連するリハビリテーションにおいて、歩行能力を評価することは極めて重要です。リハビリテーションでは、セラピストが患者により効率的な歩行パターンを指導しますが、そのためには歩行の質や特性を客観的かつ簡単に評価する方法が必要となります。

TLAは歩行トレーニング後の推進力増加の主要な要因であることが示されており、歩行トレーニングによって変化することも報告されています。さらに、TLAは下肢の運動力学や長距離歩行能力とも相関しています。このことから、TLAと推進力は歩行のリハビリテーション中の歩行の質を表す重要な指標であり、運動力学と運動学を代表する意味のある指標と言えます。

特に脳卒中後の片麻痺患者やパーキンソン病患者など、神経学的疾患による歩行障害を持つ患者では、TLAの評価が治療効果の判定や歩行能力の予後予測に役立つ可能性があります。例えば、片麻痺患者の歩行では、麻痺側の推進力不足がよく見られますが、TLAの改善が推進力の増加につながり、結果として歩行速度や歩行の対称性が向上することが期待されます。

リハビリテーション現場でIMUを用いたTLA測定が実用化されれば、治療効果のモニタリングがより容易になり、個々の患者に合わせた歩行トレーニングプログラムの最適化が可能になります。また、バイオフィードバックを用いた歩行訓練にも応用でき、患者自身が視覚的に自分のTLAや推進力の変化を確認しながらトレーニングを行うことで、より効果的なリハビリテーションが実現できると考えられます。

歩行 TLAの測定に磁気慣性測定装置(IMU)を使用する利点

従来の三次元動作解析システムとIMUによる測定の比較検証結果

従来のTLAと推進力の測定には、三次元動作解析システムとフォースプレートが使用されてきましたが、これらの装置は高価で設置スペースが必要であり、データ処理も複雑なため臨床現場での日常的な使用は困難でした。一方、IMUはウェアラブルで比較的安価、かつ簡便にデータ収集ができるため、臨床応用の可能性が高いと考えられています。

鹿児島大学の研究では、18名の健常成人男性(平均年齢25.2±3.2歳、身長1.70±0.06m)を対象に、IMUと三次元動作解析システム、フォースプレートを同時に使用して測定を行い、その結果を比較検証しました。参加者は、通常の歩行、遅い歩行、速い歩行、体幹前傾を伴う好みの速度での歩行、体幹前傾を伴う遅い歩行の5条件で10mの歩行を行いました。

研究結果によると、IMUと三次元動作解析システムで測定したTLAの波形の類似性を示す複数相関係数(CMC)は0.956〜0.959と非常に高く、「非常に良い」または「優れた」類似性を示しました。両者のTLAのピーク値の一致度を示す級内相関係数(ICC)は0.831〜0.876で、測定誤差の二乗平均平方根(RMS)は1.42°〜1.92°と小さく、すべての歩行条件で中程度から高い一致度を示しました。

また、初期接地からTLAのピークまでの時間についてもICC値は0.876〜0.992と高く、RMS誤差は14.8〜16.7msと小さいことが分かりました。これらの結果は、IMUを用いたTLA測定の高い妥当性を示しており、IMUがTLAの測定に十分使用できることを証明しています。

従来の股関節や膝関節の屈曲-伸展角度の測定における先行研究と比較しても、今回のTLA測定の精度は同等またはそれ以上であり、IMUの高い精度と校正方法の改善がこの結果に貢献したと考えられます。

様々な歩行条件下におけるIMUの測定精度と信頼性

本研究では、様々な歩行条件下でのIMUによるTLA測定の精度と信頼性も検証されました。参加者は5つの異なる歩行条件(通常の歩行、遅い歩行、速い歩行、体幹前傾を伴う好みの速度での歩行、体幹前傾を伴う遅い歩行)でテストを受け、各条件での測定結果が分析されました。

通常歩行の平均速度は1.23±0.17m/s、遅い歩行は0.97±0.16m/s、速い歩行は1.53±0.26m/s、体幹前傾を伴う好みの速度での歩行は0.97±0.13m/s、体幹前傾を伴う遅い歩行は0.76±0.15m/sでした。体幹前傾角度は、通常歩行(5.7±4.8°)や遅い歩行(6.3±7.1°)に比べ、体幹前傾を伴う条件(26.6±14.4°と23.1±7.2°)で有意に大きくなりました。

興味深いことに、歩行速度や体幹の前傾角度が変化しても、IMUと三次元動作解析システムによるTLA測定の一致度は高く維持されていました。特に速い歩行(平均1.53m/s)でも良好な一致が見られたことは重要な発見です。IMUは動作速度の増加によって精度が低下する可能性があり、また重量による軟部組織のアーティファクトが増加する可能性もありますが、今回の研究ではそれらの影響は小さかったと考えられます。

これは、神経障害や運動機能障害のある患者で見られる遅い歩行でも、IMUを用いた歩行測定の精度への影響が小さいことを示唆しており、臨床実践に大きな意義があります。また、体幹前傾を伴う歩行は脳卒中患者でよく見られるパターンですが、このような異常歩行でもIMUによるTLA測定が有効であることが示されました。

IMUセンサーの精度は近年急速に向上しており、本研究で使用されたIMUの絶対角度の動的絶対精度は、90°/sで0.5°、180°/sで1.8°と高いものでした。このような高精度なIMUとセンサー取り付け時の誤差を最小化するための校正が、高い測定精度に貢献したと考えられます。

臨床応用:様々な患者群における歩行 TLA評価

歩行 パーキンソン患者の歩行分析におけるTLA評価の可能性

パーキンソン病患者の歩行障害は、疾患の進行に伴い患者のQOLを著しく低下させる要因となります。典型的なパーキンソン病患者の歩行特性として、小刻み歩行(すくみ足)、歩行開始困難、歩幅の減少、歩行速度の低下などが挙げられます。これらの歩行問題は、特に推進力の不足と関連していることが多く、TLAの評価がパーキンソン病患者の歩行障害の理解と治療に役立つ可能性があります。

パーキンソン病患者では、疾患の特徴である筋強剛(筋肉の硬直)や無動(動作の減少)によって、歩行中の股関節伸展が制限されやすく、これがTLAの減少につながります。TLAの減少は推進力の低下を招き、結果として歩行速度の低下や歩幅の減少といった臨床症状が現れると考えられます。

本研究で検証されたIMUによるTLA測定方法は、パーキンソン病患者の歩行評価に大きな可能性を持っています。従来の三次元動作解析システムでは、限られた研究環境でしか測定できませんでしたが、IMUであれば日常生活環境下での長時間測定も可能になります。これにより、薬物療法の効果(オン・オフ現象)や日内変動による歩行パターンの変化を詳細に評価することができるようになります。

また、深部脳刺激療法(DBS)などの治療効果の判定にもTLA評価は有用と考えられます。DBS実施前後でのTLAの変化を定量的に評価することで、治療効果をより客観的に判断することが可能になります。さらに、リハビリテーションにおけるバイオフィードバックトレーニングにもIMUによるTLA測定を応用することで、患者自身がリアルタイムで自分の歩行パターンを視覚的に確認しながら訓練を行うことができるようになります。

これらの応用により、パーキンソン病患者の歩行障害に対するより効果的な治療戦略の開発につながることが期待されます。ただし、実際の臨床応用に向けては、パーキンソン病患者を対象とした検証研究が必要であり、今後の研究課題と言えるでしょう。

歩行 片麻痺および歩行 高齢者のリハビリテーションへの応用

脳卒中後の片麻痺患者では、麻痺側の推進力不足が歩行障害の主要な要因となっています。片麻痺患者の歩行では、麻痺側のTLAが減少し、それに伴い推進力も低下することが知られています。TLA評価は、片麻痺患者の歩行能力の評価や、リハビリテーション効果の判定に有用であると考えられています。

従来の研究では、片麻痺患者のリハビリテーションにおいて、TLAの改善が推進力の増加につながり、歩行速度や歩行の対称性が向上することが報告されています。例えば、トレッドミル歩行やロボットアシスト歩行訓練、機能的電気刺激療法などの介入後に、TLAと推進力の改善が見られることが多くの研究で示されています。

IMUを用いたTLA測定が臨床現場で実用化されれば、これらの治療介入の効果をより簡便に評価することが可能になります。また、バイオフィードバックを用いた歩行訓練にも応用でき、患者自身がリアルタイムで自分のTLAの変化を確認しながらトレーニングを行うことで、より効果的なリハビリテーションが実現できると考えられます。

高齢者においても、加齢に伴う歩行能力の低下はしばしば観察され、転倒リスクの増加や生活の質の低下につながります。高齢者の歩行では、歩行速度の低下、歩幅の減少、両脚支持期の延長などが特徴的ですが、これらの変化はTLAの減少と推進力の低下と関連していることが多いです。

IMUを用いたTLA評価は、高齢者の転倒リスク評価や、サルコペニア(加齢性筋肉減少症)による歩行変化の早期発見に役立つ可能性があります。また、高齢者向けの運動プログラムの効果判定にも活用でき、個々の高齢者に最適化された運動指導が可能になると期待されます。

ただし、本研究は健常成人男性のみを対象としており、実際の臨床応用に向けては、年齢、性別、病態による影響についてさらなる研究が必要です。特に高齢者や神経学的疾患患者では、歩行中の体幹の動きや安定性が若年健常者と異なるため、IMUによるTLA測定の精度や有効性が変わる可能性があります。今後は、より幅広い対象者での検証研究が望まれます。

歩行 TLAと推進力の相関関係

歩行 Trailing Limb Angleと歩行 推進力の関連性

本研究では、IMUで計測した体幹(胸部と腰部)の加速度から算出した速度増分と、AGRFの正規化されたインパルスとの関係も検証されました。ニュートンの運動方程式によれば、インパルスは平均力と力が作用する時間の積であり、また質量と速度変化の積でもあります。つまり、体質量で割ったインパルスは速度の変化に等しくなります。

研究結果によると、胸部と腰部のIMUで測定した加速度から算出した速度増分は、AGRFの正規化されたインパルスと強い相関を示しました(r = 0.755〜0.892, p < 0.001)。特に、腰部の加速度から算出した速度増分は、すべての歩行条件でAGRFの正規化されたインパルスと強い相関関係にありました。

これは、IMUによる体幹加速度測定が、歩行中の推進力の非侵襲的な評価方法として有効であることを示しています。体幹は人体で最も重い部分であり、体幹の速度増分は質量中心の加速と密接に関連していると考えられます。ただし、対側脚の制動力がこの関係を弱める可能性もあり、特に体幹前傾を伴う歩行条件では胸部加速度とAGRFの相関が低下する傾向が見られました。

これらの結果から、特に腰部のIMUで測定した加速度から算出した速度増分が、歩行中の推進力評価に有用であることが示唆されています。この方法は、フォースプレートのない一般的な臨床環境でも実施可能であり、患者の歩行中の推進力を簡便に評価する方法として期待されます。

本研究の結果は、TLAと推進力の間に強い関連性があることを示しており、これは臨床実践において重要な意味を持ちます。TLAの改善を目指したリハビリテーションアプローチが、結果として推進力の向上につながり、歩行能力の改善に寄与する可能性があると言えるでしょう。

IMUを用いた推進力の非侵襲的評価法の臨床的有用性

IMUを用いた推進力の非侵襲的評価法は、臨床現場における歩行分析に大きな可能性をもたらします。従来のフォースプレートを用いた方法では、限られた研究室環境でしか測定できず、また歩行の自然なパターンを妨げる可能性もありました。一方、IMUは小型で軽量、ウェアラブルであるため、より自然な環境での長時間測定が可能になります。

本研究では、IMUで測定した体幹の前方加速度と、フォースプレートで測定したAGRFから算出した質量中心の加速度との間に有意な相関が見られました。特に腰部に取り付けたIMUからの測定値が推進力評価に有用であることが示されました。これは体幹前傾による上部体幹の前後方向の揺れが、胸部センサーでの推進力測定の精度を低下させる可能性があるためと考えられます。

この非侵襲的評価法の臨床的有用性は多岐にわたります。まず、理学療法士やリハビリテーション専門家が、患者の歩行パターンを簡便に評価し、治療方針の決定や効果判定に活用することができます。例えば、脳卒中後の片麻痺患者では、麻痺側の推進力不足が歩行障害の主要な要因となりますが、IMUを用いることで推進力の回復過程を定量的に評価することが可能になります。

また、義肢装具の適合評価や調整にも応用できます。下肢切断患者の義足適合評価では、歩行の推進力が重要な指標となりますが、IMUを用いることで義足の調整が推進力にどのような影響を与えるかを簡便に評価することができます。

さらに、スポーツ医学の分野でも、アスリートの歩行やランニングフォームの分析、リハビリテーションの進捗評価などに活用できる可能性があります。競技パフォーマンスの向上や障害予防のためのフォーム改善指導にIMUによる推進力評価が貢献することが期待されます。

一方で、IMUによる推進力評価には限界もあります。対側脚の制動力の影響や、体幹前傾などの異常歩行パターンによる測定精度の低下、また現時点では健常成人男性のみを対象とした検証に留まっているという限界があります。今後は、様々な年齢層、性別、疾患を持つ対象者での検証研究が必要となるでしょう。

まとめ

本研究は、歩行 TLAと推進力の測定におけるIMUの高い有効性を証明しました。IMUによるTLA測定は従来の三次元動作解析システムと高い一致度を示し、様々な歩行条件下でも信頼性の高い結果が得られました。この技術の臨床応用により、リハビリテーション現場での歩行評価がより簡便かつ客観的に行えるようになり、患者個々に最適化された歩行トレーニングの実現が期待されます。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です